オーバーダブ(Over Dub)とは、ベーシック録音の時に同時録音できなかった、もしくは敢えて後回しにした音源を、すべてMTRに録音する作業のことで、カブセともいう。これはMTRを使用した録音特有の作業で、ベーシック録音の時に録音した音源を再生しながら、それに合わせてあらたに音を録音するという、「再生」と「録音」というまったく違った種類の作業を同時に行わなきゃいかん。んなもんでミキサの扱いはちょいとばかしややこやしいものになる。
オーバーダブする楽器をセットし、終わったら必要なマイクやDIを用意してマイキングする。この辺りはベーシック録音の時と同じ要領だ。
マイクをミキサに入力する。通常は、これから録音しようとしているトラックと、同じ番号のチャンネルに入力するか、もしくはエッジチャンネルなど、MTRでは使用していないチャンネルから、ミキサのアサイン機能を使って、任意のトラックに送るかどちらかの方法が使われる。ここでは後者を例にとって説明する。
キューボックスとヘッドフォンを用意する。
録音済のテープを再生し、ざっとバランスをとる。
マイクやDIを入力したチャンネルの、マルチトラックアサインスイッチを、トラック割りに従って押す。(たとえば25番にベースのDIがつながっていて、ベースのトラックを12にしようと思っているのなら、25チャンネルのマルチトラックアサインを12にしろってことだ。)
ベーシック録音の時と同じように、マイクを入力したチャンネルの回線チェックを行なった後、フェーダーを基準位置にして、ゲインつまみで録音レベルを決定する。録音レベルが決まったらアサインされたチャンネルでモニター音量を決定する。MTRのモードは「SEL REPRO」など、テープの再生時以外は、MTRへの入力信号がそのまま出力されるモードにしておく。
プレーヤにリハーサル演奏をしてもらう。この時に録音レベルやモニターレベルの微調整を行ない、プレーヤが聴きにくい音等があれば対応する。これもベーシック録音と同じだ。
本番録りを行なう。
OKテイクが録れたら必ずプレイバックする。プレイバックは、MTRのいま録音したトラックの、「録音スタンバイ」をセーフにしとけば、あとはなんにもいぢらんでよろし。(アナログの場合は全トラックが「SEL REP」になっていること。)
今録音したものを残して(「生かしといて」もしくは「キープで」と言う)他のトラックに新たに録音する場合は、マイクやD.I.を入力したチャンネルのアサイン(MTRのどのトラックへに送るか)を変え、アサイン以外の部分はそのままにしておく。アサインされたチャンネルをいままで使用していたチャンネルと同じ状態にして〈フェーダーやCUEのレベル、エコーセンド、EQなど〉、いままで使用していたチャンネルは、チャンネルのON/OffスイッチでOffにしておく。
OKテイクが出来るまで録音をくり返す。難かしい曲や長い曲等では、「パンチイン」「パンチアウト」も有効な手段だけど、パンチイン、アウトを行なう場合はパンチイン、アウトするタイミングはもちろんのこと、前後で音量や音質やチューニングの違いがないかにも注意しよう。
ミックスダウンを後日に行う場合は特に、オーバーダブしたトラックの内容を、かならずオビなどに書き込んでおくこと。また複数のテイクがある場合は、どちらがOKテイクかも記入しておくのを忘れないように。「20チャンネルのボーカルと、21チャンネルのボーカルって、どっちがOKテイクなの?」ってことが結構あるのだ。
エレクトリックベースの場合
微妙なノリをあわせるためには、なるべくベースはドラムと一緒にベーシック録音の時に録音してしまうのがいいんだけど、(特にDIを使用する場合は、ドラムの音がカブる心配がないしね)どうしてもオーバーダブしなきゃならない時のために書いておこう。
ライン録音する場合はDIを使用する。(まちがっても12-2Pの変換ケーブルなどで結線したりしないよーに。)ラインの音(DIで録ったベース本体の音)のみ録音する場合は、コントロールルームの中で演奏してもいい。この時はDIから11ーバンタムを使用して、ミキサのパッチベイに立ち上げる。
現在のレコーディングでは、エレクトリックベースの音は、D.I.で録った音を加工して、ミックスダウン時に音を作るのが主流なんだけど、この方法はベースの音をクリアに録れるという反面、ミックスダウンするまでプレーヤがイメージしている「普通のベースの音」とかけ離れた音〈低音がなくパキパキの音〉になってしまう事が多いという欠点があるんだな。これを解決するためにはモニターしているチャンネルのインサートやEQを使って、ある程度演奏しやすい音を作ってやれば良い。つまり、録音自体はD.I.からの音をそのまま録音して、プレーヤには音作りをして、ベースらしい音を聞かせてあげるわけだな。
またプレーヤ中には、アンプのスピーカで少々歪んだ音を好む人もいるので、そういった場合は素直にアンプの前にマイクを立ててやったほうが「らしい」音が収音出来る。「歪み系の音」をラインでいい感じに録音するのはかなり難しいのだ。勿論MTRのトラックに余裕のある場合は、ラインとマイクの音を2つの別トラックに録音しておいてもいい。
アコースティック ピアノの場合
アコースティックピアノのマイキングは、非常に難かしいってのは前にもいった通りだ。気を入れてかかろう。当り前のことだけど、アコースティックピアノは調律以外にチューニングを変える手段が無いので、曲の最初か終りにピアノの真ん中のAの音を10〜20秒位チューニング用に録音しておく。そのあとからかぶせる楽器に関してはその音にチューニングを合せるわけだ。
アコースティックギターの場合
エレクトリックベースをマイクで収音する場合と考え方は一緒。エレアコをラインのみで録る場合は、コントロールルームで演奏してもいいけど、ギター自体の生音があって、オペレーターが少しやりにくいことと、コントロールルームのスピーカの音が、ギターのピックアップを通じてカブってしまうので、あまり薦められない。基本的にはスタジオで録るのがよいとおもう。もちろんマイクとラインを両方録音しておく手もある。
エレクトリックギターの場合
フュージョン系の音楽以外では、余りラインで収音をすることはないと思う。基本的にはスタジオの中でギターアンプを鳴らして、それをマイクで録る。エレクトリックギターの音は、ギターアンプから出た音が「完成品」だ。ギターだけスタジオで鳴らす時は、他の楽器がカブってくる心配がないので、レコーディングならではの「オフマイク」に挑戦してみるのも面白いと思う。オンマイクとオフマイクを2トラック使って別々に録音するのもよし、オンマイクとオフマイクを自分の好みのバランスで混ぜ合わしたものを、1つのトラックに送ってもいい。いずれにせよギターは何回も別のトラックにかさね録りすることが多いので、ミキサのトラックアサインやモニターチャンネルのON/Off、MTRの録音手順を間違えないように気をつけようね。(経験者は語る)
キーボードの場合
機材をスタジオにセットしても、コントロールルームにセットしてもどちらでもいいんだけど、プロの現場ではコントロールルームに機材をセットすることが多い。これは音色等の指示やコミュニケーションがとりやすく、プレーヤもヘッドフォンよりコントロールルームのスピーカからモニターしたほうが、音色などの雰囲気をつかみやすいからだ。
キーボードはステレオアウトの物が多いが、トラック数に余裕があればステレオで録っておいたほうがいい。トラック数に余裕の無い時は、モノラルにして録音することになるんだけど、この時キーボードから出ている音が、音源に内蔵のエフェクターで、コーラスやリバーブなんかをつけ加えただけのステレオなら、エフェクターをオフにして録音して、ミックスダウンの時にエフェクターをかけてるようにする。オーバーダブの時にはモニターのチャンネルで、仮のエフェクトをかけて、雰囲気を出す。
ステレオで録音する場合でも、エフェクトかかっているものは、そのエフェクトが音色の一部分になっている時以外は、エフェクトをきってから録音することが多い。特にリバーブはあっさりめ、もしくはまったくかけずに録音したほうがミックスがやりやすい。エフェクトは付加することはできても、除去することはできやん(三重弁)のだよ。
ボーカル、コーラスの場合
オーバーダブで一番厄介なのがこの「歌モノ」。精神的な部分を抜きにすれば、楽器はプレーヤが風邪をひいてても録音が可能だけど、歌の場合は物理的に無理。そこまでいかなくても余り長時間歌わせると声の質が変わってくるので厄介だ。しかしながら、歌の入っている楽曲ではこの厄介なものが一番大切なパートなので、プロのレコーディングでは何日間もかけ、多くのトラックを使いていねいに録音する。残念ながら時間の余裕がないことも多いのが実状だ。じゃけえ(広島弁)ボーカルやコーラスなどのオーバーダブは、短時間で効率よくやらなきゃいかん。最低限オペレーターの操作ミスなどのないようにね。
まず前もって必ずボーカルの人に歌詞カードを書いてもらう。(Cメロ譜と呼ばれる、ボーカルパート専用の譜面があればそれに越したことはないが・・)それを見ながらオーバーダブを行うこと。それにボーカルのどのテイクがOKなのかや、ミックスダウンのアイデアなどを記入しながら作業するわけだ。
またエコーがあるとボーカリストのノリが良くなることは、カラオケなんかでもわかるよね。ボーカル系のオーバーダブの時も、エコー(リバーブ)をかけてやる。これをよく「仮リバーブ」といっているんだけど、これはオーバーダブの時にだけ必要なもので、ミックスダウンの時には、もっと細かくエフェクト処理を、周りとの兼ね合いを考えながらするから、この仮リバーブはMTRには録音しない。MTRに録音しないためには、モニターしているチャンネルからリバーブに送って、2MIX(STEREO出力)に戻してやればいい。