マルチ(Multi)というのは「たくさん」という意味で、その名の通りたくさんのトラックを持ったテープレコーダであるマルチトラックテープレコーダ(Multi Track tapeRecorder 以下MTRと略す)使って録音すること言うわけだ。このトラックが沢山あれば、同時に(または違うときに)個別にマイクを立てたりして録音したものを、何度でも再生できるわけだ。つまり一度MTRに録音してしまえば、MTRが何度でも同じ演奏をしてくれるわけだな。このメリットによって、現在のレコーディングにおいては、MTRを使ったマルチトラックレコーディングが当たり前になっている。(といっても、マルチトラックレコーディング自身の歴史は浅く、数十トラックものMTRが使われ初めたのは、まだ25年ほど前だ。)
工程的には一般的な歌入り曲だと、基本となる「オケ録り」とか「ベーシック録音」とかいうように呼ばれている楽器を入れる作業があって、次にその他の楽器やボーカルコーラスなどを録音する、「カブセ」とか「オーバーダブ」とかと呼ばれる作業があり、さらに「トラックダウン」とか「ミックスダウン」と呼ばれる、音を最終的にまとめる作業があって、最後に「マスタリング」と呼ばれる作業がある。この例を詳しく示したのが下の表だ。
| 工程 | 作業内容 |
|---|---|
| オケ録り (ベーシック録音) |
ドラム・ベースなどの基本となるリズム楽器の録音(場合によってはここで同時にバッキングのギターやキーボードなども同時に録音することがある) |
| カブセ (オーバーダブ) |
意図的にベーシック録音の時に録音しなかった全ての楽器の録音(順番は時と場合により変わる)
この時点で一旦ラフにミックスダウンをして練習用としてボーカリストに渡すのが普通。(これは仮オケと呼ばれる) ボーカル・コーラスの録音。(この時点で録音する対象がほとんどボーカルになるので、小さめのスタジオに移ることも多い) |
| トラックダウン (ミックスダウン) |
マルチトラックレコーダにバラバラに入っている音源を、色々な処理の後に一般で聞ける形態(2トラックステレオ)にまとめあげる作業。数時間で終えることもあれば、数日かけて行うこともある。数日後にミックスし直しというのもあるし、スタジオやエンジニアを替えてミックスし直すこともある。(リミックス) |
| マスタリング | ミックスダウンしたものを集めて、順番を変えたり曲間を決めたりする、最終的に出荷するまでの仕上げ。その後CDやレコードの原盤をプレスしたり、テープ用のコピーマスターテープを作る。 |
| 表4-1-1 一般的な歌入り曲の工程 | |
MTRのトラック数は、少なくて4トラック多いもので(単体で)32トラックというところなんだけど、MTRは全てのトラックを同時に録音したり再生したり出来るだけでなく、各トラック毎に録音再生が出来るというのが大きな特徴となっている。例えば普通のカセットは4トラックなんだけど、同時に4トラック録音したり、LチャンネルとRチャンネルを別々に録音したりすることは出来ないので、普通のカセットはMTRではないわけだ。例外としてアマチュア用のMTRには同時に録音できるトラック数が少ないものもある。(たとえば8トラックで同時録音できるトラックが最大4とか。)
アマチュア用としてもっとも安価に普及しているのが、カセットを利用した4〜8トラックのMTR。今から20年近く前にTEACが「サウンドクッキー」という名前で出したのが最初だ。(確か品番は#144)
当時20万円ぐらいの値段で、誰でも気楽に買えるものではないにしろ、それまでの主流だったオープンMTRが「1トラック当たり10万円」というのが相場だったことを考えると、かなりの割安感があり、さらにテープも普通のカセットテープ(クロムテープ)でいいことからミュージシャンを中心に人気があった。その後カセットのMTRはトラック数も8トラックまで増えてきたんだけど、4トラックに対して割高感があることと、デジタル機器の登場によってあまり人気は出なかった。
デジタルMTR全盛の今でもお気軽感(本体の値段が安く、本体だけで録音からミックスダウンまで出来る)という魅力から、多くの人が使用している。またアマチュアの人の作品で優れた作品は、何故かこのカセットMTRで制約の中で作られたものが多い。(所詮機材じゃないって事だな)
技術的には、元々高品位の音質を求めるのが難しいカセットテープを使用することから、色々なアイデアがなされている。
通常1.875ipsのカセットテープを倍の3.75psで回し、ダイナミックレンジを広くする。また録音される磁性体の面積が広がることにより、音飛びや繰り返し再生するために起きる劣化を押さえる。(機種によっては、普通のカセットと同じスピードのものや、倍速よりさらに速く回しているものもある)
ノーマルテープより性能の優れたハイポジションテープを使うことで、ダイナミックレンジや周波数特性などの性能向上を図と同時に、ハイポジション専用にすることによって、部品数を減らしコストダウンを図っている。(ノーマルとハイのポジション切替がないだけでも、かなりのコストダウンになるわけだな。)
性能面から言えば、メタルテープの方が性能はいいんだけど、何回も何回も同じ所を再生することの多いMTRでは、ヘッドがメタルテープに負けて磨耗してしまうので、メタルテープは使用しないのだな。実際に多重録音をした人はわかると思うが、テープのオペレーション量が半端じゃないのだ
カセットのノイズリダクションシステムとして一番一般的なのは、ドルビーのB型(←自己中で部屋の汚いドルビーという意味ではない。)だが、カセットMTRではさらに効果の強いドルビーC型やdbxなどを最大限に利用して、音質の向上を図っている。音を作る機械だから、原音に忠実だが機器の弱いノイズリダクションより多少音は変わるが効果の強いノイズリダクションの方が適しているわけだな。
カセットテープは元々のテープ幅が狭いので、隣のトラックの音が違うトラックの再生ヘッドを通じて再生されてしまいやすい。そこで機種によっては隣り合うトラックを逆相にして録音し、再生するときに電気的に元に戻してやることによって音漏れを少なくしている。また使用する側も順番に1トラックから使ってゆくのではなく、テープの中心である2チャンネルと3チャンネルを使ってメインの音源を録音したりする小技を使うことがある。
最近ではデジタル機器の台頭であまり存在価値のなくなってきたアマチュア用のオープンMTRだけど、逆回しやテープ編集による切り張りなど、アマチュア用のデジタル機器では出来ないこともたくさんある。
このアマチュア用オープンMTRもTEACが火付け役。20年前の最高機種80-8は、皆あこがれたもんじゃ。(じみじみ)とにかく家庭用のオープンが最大19ipsで主に7号リールを使っていたのに比べて、80-8などの8トラックMTRは15ipsで10号リールをぶん回す都合上、なかなか安価なものが作れなくて、小型化(家庭用としては大切な要因)もままならなかった。
そこに後発として参入してきたのが、元々スピーカやヘッドフォンなどを専門としていたFOSTEX。トラック当たりの幅をTEACの半分にし、リールも小さめの7号専用にして、さらにヘッドを従来の3ヘッドから2ヘッドにすることにより低価格化と小型化を実現し、8トラックオープンを身近なものにした。ボディーもプラスティックが多用してあり、TEACのMTRと見比べると、どうしてもおもちゃのように見えてしまうが、音質には対等とまでは行かないまでも、かなりのクオリティを確保している。またお互いに相手との違いを意識したのか、ノイズリダクションはTEACがdbx、FOSTEXがドルビーC型を使用している。まあ、とにかく比較的安くて軽くて小さいという、日本人の好みにぴったりと合った製品だったために、あっという間にFOSTEXはTEACとオープンMTRのシェアを2分するメーカになった。あとOTARIもこの辺りと競合する製品を出してきているけど、どちらかというと、プロ用MTRの小型版といったイメージで、値段も少し高めの設定だ。
アマチュア用と言ってしまってよいのかどうかわからないくらいに、プロの間でもよく使われているのが、最近登場したデジタルMTRだ。前章でもふれたように、各社いろんなものを出しているが、中小規模のスタジオではやはりALESISのA-DATが人気だ。後から容易に8トラック単位で容易に増設できる所などは、これまでのオープンMTRでは不可能だったことだ。もちろん後述の同期信号を使えば、アナログMTRもトラック数を増やせるが、シンクロナイザやタイムコードジェネレータの購入という追加投資が必要で、さらに同期信号のためのトラックが必要になったり、前もって同期信号を録音しておかなければならなかったりと、とても手軽にというわけにはいかない。またヘッドクリーニング以外は、基本的にはメンテナンスフリー(というか、手のだしようがない)なのもありがたいところだ。
アマチュア用との大きな違いは、手切り編集を可能にしている点。つまり、従来のアナログの操作性を活かしながらデジタルの良さも出すという設計にある。もちろんプロ用と言うことで、細かなところにも気が配られているし、お値段もアマチュア用のものと比べて10〜100倍の差がある。中小規模のスタジオでは少し手が出ないお値段なので、大手のレコーディングスタジオにしか設置されていないのが現状。
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| 図4-1-1 ドラムの録音 |
3ヘッドのアナログMTRを使用する場合には気を付けなきゃならん事がある。例えば図4-1-1のように、あるトラックにドラムを録音したとしよう。
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| 図4-1-2 ベースの録音 |
次にこの音に合わせてベースを録音する時に、普通に再生ヘッドからのドラムの音に合わせて録音すると、同時に弾いているはずの音が、再生ヘッドと録音ヘッドの距離分だけずれて録音されてしまう。
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| 図4-1-3 録音ヘッドの利用 |
で、これでは都合が悪いので、オーバーダブをする時や同期信号を使う時には再生ヘッドを使わずに、録音ヘッドから再生するようにするわけだ。こうすると録音するヘッドと再生するヘッドは同じなので、ずれは生じないというわけだな。
それで、この録音ヘッドから再生もできるモードを、一般的に「シンクモード」といっているんだけど、メーカーによって勝手な呼び方をしていて、TEACは「SYNC(シンク)」、OTARIは「SEL REP(セルリプロ)」といっている。録音ヘッドから再生できるなら、最初からそうすればいいじゃないかという事で、MTRの中には2ヘッド(録再ヘッドと消去ヘッド)の物もある。(FOSTEXのオープンMTRなど)このようなタイプのMTRは、何も考えないで音を重ねていってもOKだ。でも便利な分、やっぱり音質的には3ヘッドにはかなわない。